【出エジプト記/モーセ】⑨金の子牛の礼拝│旅の終わり【研究者Uの聖書講座】

こんにちは、はてはてマンボウです。

研究者Uさんの聖書講座のシリーズです!

 


 

 

【出エジプト記/モーセ】⑧「目には目を」? 【研究者Uの聖書講座】

 

前回までの記事はこちらをチェックしてくれ~

 


 

こんにちは。

ユダヤ教の聖書解釈を専門にしている「研究者U」です。

 

今回は、ヘブライ語聖書(いわゆる「旧約聖書」)の「出エジプト記」に関して、

 

「金の子牛像事件」

 

のシーンを中心に見ていきましょう。

 

今回が、「出エジプト記」については、最後の記事です。

 

 

金の子牛像事件

アントーニオ・モリナーリ『金の子牛の礼拝』

(エルミタージュ美術館、サンクトペテルブルク)

 

さて、

神に呼ばれてシナイ山を登ったきり戻ってこないモーセ

すると、民が神を求めてアロンに詰め寄ります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新共同訳〈出エジプト記32:1-8》
一般財団法人日本聖書協会HPより
(2022年4月17日 閲覧)

 

ニコラ・プッサン『金の子牛の礼拝』

(ナショナル・ギャラリー、ロンドン)

 

ひょええ、勝手に神の代わりを作って、どんちゃん騒ぎを始めたマボよ……。

山の上の神とモーセがどうやって下界の様子を知ったのかはわかりませんが、

神、絶対怒ってるマボ……

起こっているのは神だけではありません。

 

神に命じられて下山したモーセもまた、凄まじい怒りを見せます

 

 

 

 

 

新共同訳〈出エジプト記32:17-20》
一般財団法人日本聖書協会HPより
(2022年4月17日 閲覧)

 

 

 

 

 

新共同訳〈出エジプト記32:25-28》
一般財団法人日本聖書協会HPより
(2022年4月17日 閲覧)

 

レンブラント・ファン・レイン『十戒の石板を叩き割るモーセ』

(ベルリン美術館、ベルリン)

 

ああ~神からもらった貴重な石板が~!

そして、なんという大虐殺……。

 

大いなる罪

ティントレット『金の子牛の礼拝』

(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート、ワシントンD.C.)

 

神やモーセをこれだけ怒らせるような問題行為を、

イスラエルの民たちはしていたわけです。

 

この「金の子牛像事件」は、「大いなる罪」という表現で呼ばれることがあります。

こんなたいそうな呼ばれ方をするのは、この「金の子牛像事件」ぐらいのものです。

 

では、自分たちの聖典である聖書に、わざわざ、

「こんな問題を起こしました」という記載があるのを、

人々はどう捉えたのかを見てみましょう。

 

  • ユダヤ教で見られるいくつかの解釈

「罪は罪として認めるものの、『償いはもう終わっている』」

「罪など犯していない」

「不可抗力」

⇒「罪についての話は、ここでおしまい」というスタンス

 

  • キリスト教で見られる解釈

「イスラエルの民(=ユダヤ人)は、愚かにも神との契約を失った」

⇒「その後に出てくるキリスト教において、神と新しい契約を結んだ」というスタンス

 

1つのエピソードでも、立場が違えば、違った解釈になる、というわけマボねえ。

 

もう一つの十戒

さて、石板を叩き割ったモーセに対し、

神は、戒律をもう一度授けてやることを伝えます

 

 

新共同訳〈出エジプト記34:1》
一般財団法人日本聖書協会HPより
(2022年4月17日 閲覧)

 

さっきは怒ってたくせに、今度は気前がいいマボ。

ほんと、神は気分屋マボねえ。

ここでモーセが神から授かる石板ですが、

 

20章の十戒とは、若干内容が異なります

 

こんなところでも、

「何が違うのか」

「なぜ違うのか」

という研究がされていたりします。

 

出エジプト記の終わり、そしてモーセの死

「出エジプト記」は、

「金の子牛像事件」の後、戒律の話が少しされて終わります

 

その後、

「レビ記」⇒「民数記」⇒「申命記」

と続きますが、戒律に関する話が中心で、ストーリーはほとんど進みません

 

ちなみに、

「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」

の、最初の5つは「モーセ五書」と呼ばれ、

ヘブライ語聖書の中でも重要な立ち位置となっています。

 

それじゃあ、モーセ五書の後ろ3冊の間は、

戒律の話をしながら、荒野をさまよっているマボねえ。

話が進むまで、マンボウちゃんはお休みマボ。

 

なんだか、とってもいい気分。すやあ。

話は、次の「ヨシュア記」になって、動き出します。

 

カナンの地には別の民族がいたため、イスラエルの民は荒野をさまよい続け、

四十年の時が過ぎます。

 

この間に、モーセも死んでしまいます。

はて!

マンボウちゃんがひと眠りしていた間に、モーセが……。

イスラエルの民がカナンの地に入るのは、

モーセの次の指導者であるヨシュアの代となります。

 

長かった「出エジプト記」も、さまよいながら、さまよいながら、記述を終えて、

いくつもの書をまたがって、モーセたちの旅が終わる、というわけマボかあ。

 

まとめ

  • 「大いなる罪」である「金の子牛像事件」については、教えによって解釈が異なる
  • 「出エジプト記」を終えても荒野をさまよい続け、モーセはカナンの地に入れないまま一生を終える
  • その後、次代の指導者・ヨシュアに導かれ、イスラエルの民はカナンの地へ入場した

 

 

参考記事

出エジプト記

「出エジプト記」に関する記事はこちらマボ!

 

 

創世記

「出エジプト記」の1つ前、「創世記」に関する記事はこちらマボ!
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