【バベルの塔】「言語の混乱」はなぜ必要だったか? 【研究者Uの聖書講座】

こんにちは、はてはてマンボウです。

研究者Uさんの聖書講座のシリーズです!

 


 

 

 


 

こんにちは。

ユダヤ教の聖書解釈を専門にしている「研究者U」です。

 

今回は、ヘブライ語聖書(いわゆる「旧約聖書」)の「創世記」における、

 

「バベルの塔」

 

の物語について見ていきましょう。

 

神(々)が人々の言語を混乱させる

聖書には何が書かれているか

ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』

(美術史美術館、ウィーン)

 

※アイキャッチ画像は、同じくピーテル・ブリューゲルの『バベルの塔』ですが、

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)所蔵の作品であり、

並べてみると異なる絵画であることがわかります

 

※左が「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」所蔵、

右が「美術史美術館」所蔵

 

「バベルの塔」の物語は有名ですよねえ。

 

「大きな塔が壊れて、人々の言葉がバラバラになる」

という大体のあらすじは、マンボウちゃんでも知ってますマボ。

 

ブリューゲルの絵画も、見たことがありますマボよ!

では、聖書には実際に何が書かれているのか見ていきましょう。

 

「バベルの塔」の物語は、全部で9節の短いストーリーなので、物語の全ての節を引用します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新共同訳〈創世記11:1-11:9》
(2021年11月19日 閲覧)

 

ここでも「神々」

ちなみに、ここでも「神々」という表現が見られます。
ぼぼぼ、神は一人のはずマボよねえ……。なぜ複数形の「神々」マボか?

 

あ、たしか、この話、前の記事でもあったような……

そのとおり。

 

「天地創造」のエピソードでも、神が「我々」と言っているシーンがありました

 

このように、「神が複数いるのか?」とも読めるような表現は、

 

「天地創造」以外にも見られる、というわけですね。

 

「バベルの塔」は、文脈に関係ない挿話?

何章もかけて語られていた「ノアの方舟」に比べると、

「バベルの塔」は、11章の9節分しかないマボねえ。

ちなみに、聖書における「バベルの塔」の前後のシーンでは、

 

「ノア」の子孫にはどんな人たちがいたのか、

 

という「系譜」の話がひたすら書かれています

 

 

例えば、「バベルの塔」が書かれる第11章の1つ前

 

第10章の冒頭はこのように始まります。

 

 

 

 

 

新共同訳〈創世記10:1-10:4》
(2021年11月19日 閲覧)
このような調子で、「系譜」に関する話は10章32節を丸々使って語られます

 

ところが、11章の冒頭の9節に「バベルの塔」の物語が突然挿入されたかと思うと、

 

11章の10節から32節までは再び系譜の話に戻るんです。

 

はて~? なぜマボか~?
「系譜」の話が続いているところにあって、

 

「バベルの塔」のエピソードは唐突感のある挿話ですよね。

 

 

これは、聖書を編纂する際、

 

前後の「系譜」の脈絡とは関係なしに、

 

「バベルの塔」のエピソードが挿入されたのではないか

 

と考えることができます。

 

何を伝えようとしている物語なのか

なぜ世界では異なる言語が話されているのか

ギュスターヴ・ドレ『言語の混乱』

(個人蔵)

 

「ノアの方舟」のエピソード以降、聖書のストーリー展開では、

 

ノアの末裔がこの世に広まっていく様子が描かれていました。

 

しかしながら、現実の人々はバラバラの言語を話しています

普通に考えれば、同じ祖先からの子孫だから、

 

似たような言葉を話しているはずマボよねえ。

そうなると、聖書のどこかには、

 

「世界で複数の言語が話されている」

 

ことを説明するエピソードが必要になります。

 

というわけで、このような「バベルの塔」の物語が、聖書に採用された、

 

と考えることができるわけですね。

 

バベルという都市の名前の起源

さて、ここでもう一度、

 

「バベルの塔」について書かれている11章の最後の1節を見てみましょう。

 

こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた
主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ
また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

 

新共同訳〈創世記11:9》
(2021年11月19日 閲覧)

 

「混乱させる」という言葉は、ヘブライ語で「バラル」と言います。

 

 

「ヘブライ語で、混乱を『バラル』と言う」

「言語の混乱のきっかけとなった町があった」

「この町の名前は『混乱(バラル)』に由来して、『バベル』と言う」

 

 

という流れの説明になっているわけです。

言葉遊びみたいなエピソードですねえ。

 

それに、「バベル」という都市のことを、おちょくっている雰囲気もあるような。

聖書の編纂者には、もしかすると、そんな悪意もあったかもしれません
およよ?
「バベル」という名前は、「神の門」を意味する「バブ・イリム」から来ている、という説があります。
「神の門」と書いて「バベル」と読む……

 

なんだか、かっちょぶーマボねえ、オラオラ~

「神の門」というと、良い意味を持つ名前に見えますよね。

 

それをわざわざ、

 

「『バベル』は『混乱』に由来している」

 

と聖書内で説明しているわけです。

 

 

聖書の編纂者が「バベル」にネガティブな意味を与えようとしているならば、

 

その理由は何なのか。

 

 

実は、「バベル」を都とする新バビロニア王国という国により、

 

古代のイスラエルの民は国を滅ぼされ、バベルの地へ連行される、

 

ということが起きています。

なんと!
バベルとは、メソポタミアの古代都市「バビロン」の別名です。

 

そして「ヘブライ語聖書(いわゆる旧約聖書)」内では、

 

古代のイスラエルの民が、バビロンへと連行される」事件、

 

いわゆる「バビロン捕囚」についての記述があります。

 

 

いわば敵の町である「バベル」のことを悪く言いたいので、聖書ではこんな描き方がされている、

 

と考えることもできるわけですね。

この短いストーリーを、こんなに深堀りして考えることもできるんですねえ!

 

まとめ

  • 「バベルの塔」のエピソードは、聖書中へ突然挿入されているように見える。
  • 「バベルの塔」のエピソードのおかげで、聖書において、「ノア」という共通の祖先を持つはずの人類がバラバラの言語を話していることの説明がつくようになっている。
  • 「バベル」という町を悪く言うために、このようなエピソードが入っている、とも考えられる。

 

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