
今回は新田次郎の歴史小説『武田信玄』について見ています。


前回までの記事は、こちらをチェックしてくれ~。
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父・信虎の追放╿「早春孤影」「雨情無情」

新田次郎(2005)『武田信玄 風の巻』(文春文庫)
領内の農民は、信虎のあまりの悪逆ぶりに晴信へ訴え出る。
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晴信はそこに居並ぶ者たちが土色に近い顔をして震えているのを見て、彼等が死を覚悟でなにかいいに来たのに違いないと思った。すぐ父信虎のことが頭に浮かんだ。
「晴信さまは京都より奥方様を迎えられ既にお子様を設けられましたことゆえ、お察しいただけることと存じますが、もしかりに、鬼が出来して、奥方様のお腹を割いて胎児を取出そうとしたならば、晴信さまはいかがなさいますか、おそらくその鬼を切ってお捨てになるだろうと存じます。晴信さま、その鬼がこの国の領主に乗り移ったのでございます……」
新田次郎(2005)『武田信玄 風の巻』「早春孤影」(文春文庫)

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信虎は武田の陣を一望して、見事だと思った。知らない間に、この謀略を用意した晴信も、見事に武田の元首信虎を裏切った宿将たちの一糸乱れぬ協力も見事だと思った。信虎の顔に一陣の風雨が当った。雨は、信虎の頬を伝わり、涙のようにはらはらと地に落ちた。
新田次郎(2005)『武田信玄 風の巻』「雨情無情」(文春文庫)
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晴信、初めての敗北╿「生首三千」「柱石逝く」
志賀城攻めでは、その仕打ちは苛烈を極めた。
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城中に二百三十余名の婦女子がまだ生き残っていた。
「女・子供ばかりでございますから、許してやった方がよいかと存じます」
板垣信方(※武田家の重臣)が、女・子供の処分案を持ち出した。晴信は首を振った。
「甲州方に身寄りある者は二貫匁以上十貫匁で身請けを許す。受け人のない女はすべて黒川金山へ送り、鉱石堀り相手の遊女にしろ、子供は奴として働かせるがいい」
板垣信方は顔色を変えた。
「親方様、それはむごすぎるいたし方かと存じます。さようなことをすれば、佐久(※信濃の一地方)全体が心から武田を憎み、いよいよ激しくそむくでしょう」
「そむく者は殺せ」
新田次郎(2005)『武田信玄 風の巻』「生首三千」(文春文庫)

その後、恨みに燃える民に押された晴信は、上田原の戦いで敵将・村上義清に大敗を喫することになり、そして自身を支えてくれていた宿将を失うことになる。
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夕日が上田原を赤くそめるころ、その日の戦いは終っていた。
板垣信方は全身に槍と刀傷を受けて晴信の本陣にかつぎこまれた。重傷の信方が、晴信の本陣につれて来られたときにはまだ呼吸をしていた。
「お館様御健在で大……」
おそらく大慶至極といおうとしたのであろう。それが板垣信方の最期のことばとなった。
甘利虎泰は敵の郎党たちの死骸とともに折り重なって死んでいた。鬢の白髪が風にゆれていた。
晴信は涙を出さなかった。泣きごとも云わなかった。彼は二人に宿将の死顔をじっと見詰めているだけでものを云わなかった。
新田次郎(2005)『武田信玄 風の巻』「柱石逝く」(文春文庫)
信濃南部の制圧╿「砥石くずれ」「買った城」
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そんな義清の守る砥石城を攻略したのが、真田幸隆(ゆきたか)だ。
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知恵者の真田家らしく、幸隆は砥石城を謀略で落とそうとする。
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「少々まとまった金が必要になりました」
幸隆は晴信に会うとすぐそういった。
「なんに入用だ」
「砥石城を買うために」
幸隆はそういって、晴信の顔を見つめた。幸隆の細い眼と晴信の大きな眼とが、真直ぐぶつかった。どちらも動かず、それぞれの眼の中に相手を吸収しようとしていた。言葉はないが、眼で充分語り合っていた。
新田次郎(2005)『武田信玄 風の巻』「買った城」(文春文庫)
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まとめ
- 晴信は悪逆非道の父・信虎を追放し、甲斐の国主の地位を得た
- 信濃の侵略に動き連戦連勝だった晴信も、上田原の戦いで破れ、板垣信方といった重臣を失う
- その後、真田幸隆の活躍で挽回、信濃攻めは順調に進んでいく
