【ハプスブルク】① 神聖ローマ帝国を治めたヨーロッパ随一の名門╿その起こりと家系図

こんにちは、はてはてマンボウです。
今回は、あのマリー・アントワネットを生んだ家・ハプスブルク家について教えてもらえるんだとか。

シェーンブルン宮殿(ウィーン)

 

ホーフブルク宮殿(ウィーン)

 

こりゃあ、優雅な王宮マボねえ。
しかし、オーストリアみたいな、小さくてそんなに有名じゃない国に、なんでこんな立派な宮殿があるマボか?
実はオーストリアは、かつてヨーロッパ随一の名門・ハプスブルク家が支配する一大帝国を築いていたんだ
梓
なんと! それは要チェックまぼ!

 

はじまりの地はスイス・ドイツ・フランスの国境から

ハプスブルクとはドイツ語で「鷹の城」の意味。

その始まりは、現在のスイス・ドイツ・フランスのちょうど国境のあたりにあったんだ。

梓

 

伝説では、鷹狩りの最中にオオタカ(ドイツ語で「ハビヒト」)を見失った騎士ラドボットがこれを探し回った末に見つけたのは、戦略的に有用な岩山に佇んでいるオオタカだったのです。ラドボットは要塞を構築し、「ハビヒツブルク(鷹の城)」と名づけることにしました。(拙訳)

The World of the Habsburgs“より

 

なかなかロマンのあるスタートまぼねえ。
さて、時代の表舞台でまず大きく輝くのが、ハプスブルク伯ルドルフ4世だ。

彼は、ドイツを中心に中央ヨーロッパ一体を支配していた「神聖ローマ帝国」の皇帝へと推薦される。

梓

 

神聖ローマ帝国の盟主、そしてオーストリアの君主へ

神聖ローマ帝国の国章

 

ローマ帝国ということは、イタリアにあるマボか?
ところが、これが少しややこしい。
梓

 

  • 元々の西ローマ帝国は476年に滅びる
  • その後、フランスやドイツにまたがり一大勢力を築いたフランク王国の国王カール大帝が、ローマ皇帝としての戴冠を受け、800年に「西ローマ帝国」を名乗るようになる。
  • しかしやがてフランク王国は分裂、ドイツの勢力だった東フランク王国が強大となり今度はここがローマ教皇の戴冠を受け、「ローマ帝国」を名乗るようになる
  • その後、呼称の変遷を辿りながら、キリスト教の守護者かつローマ帝国の後継者として複数の領邦を支配する帝国「神聖ローマ帝国」という呼称が落ち着く

 

当時、皇帝は、「選帝侯(せんていこう)」と呼ばれる有力な領邦の君主による選挙で選ばれていた。
ある程度の実力が無いと皇帝には選ばれないが、一方であまりに実力があると権力が集中しすぎるということで、なかなか皇帝が決まらない、という事態に。
そんなときに白羽の矢が立ったのが、ルドルフだったんだ。1273年、彼は神聖ローマ皇帝・ルドルフ1世として即位する。
梓
なんだか、あんまりかっこよくない、いきさつねえ。
ところがルドルフは、皇帝即位にあたってのライバルだったオタカル2世を「マルヒフェルトの戦い」で破る。
こうして、オタカルの領土だったオーストリア諸法をルドルフは接収し、ハプスブルク家はこの地に根ざすようになったんだ。
梓
これで、「オーストリアといえばハプスブルク家」になるわけねえ、はってはて♪

 

ハプスブルク家の家系図

 

 

 

wikipedeia「ハプスブルク家人物一覧」より

 

ひょ、ひょええ~
家系図に人がたくさんマボよ~
マンボウメモに書ききれないマボねえ……
スイスに始まるハプスブルク家は、
オーストリアを中心に発展し、
やがてスペイン王家をも継承するヨーロッパ随一の名門となるんだ。
梓

 

家系図に書いてある「ハプスブルク=ロートリンゲン家」って、何マボか。
梓
ハプスブルク家の男系の家系が続くのはカール6世まで
その娘マリア・テレジアの時代、ハプスブルク家はロートリンゲン公だったフランツ1世を婿として呼び寄せ、マリア・テレジアは皇后として共同統治者となる。
その後は「ハプスブルク=ロートリンゲン家」と称されるようになったんだ。

 

アンドレアス・モラー『マリア・テレジア』

(美術史美術館、ウィーン)

 

マルティン・ファン・マイテンス『フランツ1世』

(美術史美術館、ウィーン)

 

長い家系にはいろんなドラマがありそうですねえ。
そのとおり! さて、次回の記事では、近世の幕を開け世界帝国の道を歩むハプスブルク家、その栄光を見ていくよ。
梓

 

まとめ

  • ハプスブルク家は、スイス・フランス・ドイツの国境地域に由緒がある
  • ルドルフ1世が神聖ローマ帝国皇帝となったことから、その栄光の歴史がスタート!
  • ハプスブルク家がオーストリアを治めるように。

 


 

「ハプスブルク家とその歴史」のシリーズをまとめてます。みんな、チェックしてくれ~。

 


 

双頭の鷲を紋章に掲げた数々の帝国……その「帝国」「皇帝」とはなんぞやは、こちらの記事でまとめてますマボ~

 


 

参考資料

  • 岩崎周一(2017)『ハプスブルク帝国』(講談社現代新書)
  • 江村洋(1990)『ハプスブルク家』(講談社現代新書)
  • 菊池良生(2003)『神聖ローマ帝国』(講談社現代新書)
  • 菊池良生(2009)『ハプスブルク家の人々』(新人物文庫)

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