【スペイン/歴史/簡単に】⑤ ハプスブルク家「太陽の沈まぬ国」の“黄金の時代“

こんにちは、はてはてマンボウです。

今回は、イベリア半島のスペインの歴史について見ています。

 


 

 

 


 

さて今回は、スペインが最も輝いていた時代を見ていくよ。

 

スペイン・ハプスブルク家による「太陽の沈まぬ国」だ

梓

 

“狂女“フアナとハプスブルク家の結びつき

スペイン王国を誕生させた、
カスティーリャ女王イサベル1世
アラゴン王フェルナンド2世

2人の間に生まれた王女フアナは、
神聖ローマ皇帝を世襲する名門・ハプスブルク家のフィリップと結婚した。

梓

フアン・デ・フランデス『フェリペ1世※』

(美術史美術館、ウィーン)

※「フィリップ」は、スペイン語名では「フェリペ」と呼ばれる。

 

フランシスコ・プラディーリャ『狂女フアナ』

(プラド美術館、マドリード)

ぼぼぼ……恐ろしい顔つきの女性マボ。

それにこの『恐女フアナ』のタイトル……。

普通ではない雰囲気が漂っているマボねえ……。

生涯を通して、フアナは奇怪な様子が指摘されている。
梓

1500年には後の神聖ローマ皇帝カルロスが、

その翌年にはイサベルが生まれた。

 

そのころ、フアナにはすでに精神錯乱の症状が現れ始めていた。

夫は教養ある優しい男性だったが、カスティーリャとはまったく異なるフランドル〔フィリップが元々治めていた土地〕のきわめて洗練された宮廷生活を好んでいた

フアナは病的な嫉妬にとりつかれ、夫のすべての行動をしつこく監視するようになっていき、

こうして夫婦の間には次第に距離が生じていった。

 

マリア・ピラール・ケラルト・デル・イエロ、青砥直子訳(2016)

『ヴィジュアル版 スペイン王家の歴史』(原書房)

そんなフアナも、夫フェリペ1世が亡くなると、ますます精神のバランスを崩し、ついには幽閉され生涯を閉じることになった。

 

『狂女フアナ』は、亡くなった夫・フェリペ1世の棺を見つめている姿を描いたものなんだ。

梓

 

アプスブルゴ朝の誕生

スペイン国王・カルロス1世

そして時代は、スペイン王国の血とハプスブルク家の血を受け継いだ国王・カルロス1世の治世へと移っていく。
梓

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『カール5世騎馬像』

(プラド美術館、マドリード)

 

はて、カール5世

カルロス1世じゃなかったマボか?

カルロス1世はスペイン国王としてのスペイン風の呼び名

一方、カール5世は、神聖ローマ皇帝としてのドイツ風の呼び名

カルロス1世は、本家ハプスブルク家の神聖ローマの帝位も継承したんだ。

神聖ローマ帝国で「カール」を名乗るのが5番目の人だったから、「カール5世」というわけだ。

梓
スペインでは「カルロス」と呼ばれている人が、
ドイツでは「カール」と呼ばれる、というわけマボね。
そして「ハプスブルク」は、スペインでは「アプスブルゴ」と呼ばれる。

アプスブルゴ王朝の誕生、というわけだね。

梓

ハプスブルク家は、オーストリアとスペインに分裂

カルロス1世の後、神聖ローマ皇帝には弟のフェルディナンド1世が即位する。
梓

ハンス・ボックスベルガー『神聖ローマ皇帝 フェルディナンド1世』

(美術史美術館、ウィーン)

 

さて、カール5世(=カルロス1世)の死後、

神聖ローマ皇帝にはオーストリア・ハプスブルク家のフェルディナンド1世が即位している一方、

スペイン国王にはカルロス1世の子・フェリペ2世が即位する

梓
神聖ローマ皇帝には、兄⇒弟の順番で即位してきたマボね。

それじゃあ次は兄の子⇒弟の子の順番になるマボか?

……の、はずだった。

ところが、フェルディナンド1世はその流れを断ち切ってしまう

自分の実の子ども、マクシミリアン2世を神聖ローマ皇帝に即位させてしまうんだ

 

余談だけど、日本でも鎌倉時代末期に、天皇の皇位継承にあたり全く同じ事態が起きてしまい、南北朝時代と呼ばれる天皇家の分裂の時代があったね。

 

どこの地方でも、「兄弟それぞれの子どもで交互に継承」とすると、ろくな結果にならない

梓

 

ニコラ・ヌーシャテル『マクシミリアン2世』

(美術史美術館、ウィーン)

 

マクシミリアンの叔父帝、カール五世は、スペイン、オーストリア両ハプスブルク家が交代で皇帝の座を占めるという案を提唱していた。

カールの次はすでにオーストリア家のフェルディナンドと決まっている。

であるならば、次はスペイン家、つまりカールの嫡男フェリペにというわけである

 

しかしこの案をドイツ諸侯は認めない。

神聖ローマ帝国とはあくまでドイツ人の帝国なのだ。

 

菊池良生(1993)

『ハプスブルク家の人々』(新人物文庫)

 

ぼぼぼ。

地元のドイツの人たちも反対したんじゃ、スペインの王様が神聖ローマ皇帝を兼任で続けるのも難しそうねえ。

というわけで、以後、ハプスブルク家では、フェルディナント1世の子孫が神聖ローマ皇帝位を世襲していく。

一方、スペイン・ハプスブルク家は、オーストリアを中心とした神聖ローマ帝国の領土と縁が切れ、イベリア半島や海外植民地に注力していった。

ただし、現在のオランダやベルギーを中心としたネーデルラント地方は、スペイン・ハプスブルク家の領土として継承された

梓

 

フェリペ2世╿“太陽の沈まぬ国“と“黄金の時代“

1492年のコロンブスのアメリカ到達以降、スペインは大航海時代の主役であり続けた。

 

神聖ローマ帝国の領土の多くとは無縁になったとはいえ、スペイン王国には数えきれないほどの海外植民地があったんだ。

特にフェリペ2世が治めた16世紀後半に始まり、17世紀前半頃までは「黄金の世紀」と呼ばれるほどだった。

梓

アントニス・モル『フェリペ2世』

(エル・エスコリアル修道院、マドリード)

 

フェリペ2世はなんと、リスボンを占拠してポルトガル王にも兼ねていた。

イベリア半島を真に統一した、とも言えるね

 

そして、ポルトガルとの同君連合になることで、その海外植民地まで実質的に手に入れたんだ。

 

南北アメリカ大陸、インド洋、アフリカに植民地を持っているため、いつも領土のどこかで日が昇っていることから「太陽の沈まぬ国」とまで呼ばれたんだ。

梓

Wikipedia「スペイン・ハプスブルク朝」より

(2021年9月11日閲覧)

赤はスペイン王国、青はポルトガル王国の領土、植民地、属領(1580年 – 1640年)

 

な、なんと……ポルトガルまで手に入れていたとは知りませんでした。

しかも、ポルトガルの海外植民地も併せてついてくるとは……こりゃとんでもない、世界帝国マボよ、は、はて……。

ところが、そんなスペイン・ハプスブルク家にもやがて陰りが見えてくる。

 

次回はいよいよ、スペインの歴史の記事のラストだ!

梓

 

まとめ

  • 狂女フアナとハプスブルク家の婚姻の末、カルロス1世がスペイン王家を継承し、スペイン・ハプスブルク家の時代が始まる。
  • ただし、フェリペ2世以降、神聖ローマ帝国の領土は継承しないことに。
  • ポルトガル王家と同君連合となり、世界中に植民地を持っていたスペイン王国は「太陽の沈まぬ国」へ。

 

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  3. 死亡診断書/二重帝国/帝国崩壊とその末裔

 


 

参考資料

  • 菊池良生(1993)『ハプスブルク家の人々』(新人物文庫)
  • マリア・ピラール・ケラルト・デル・イエロ、青砥直子訳(2016)『ヴィジュアル版 スペイン王家の歴史』(原書房)

 

 

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