ビザンツ帝国①│「東ローマ帝国」の誕生/コンスタンティノープル……どこ?

こんにちは、はてはてマンボウです。

今回はビザンツ帝国の歴史マボかあ。

……って、ビザンツ帝国、はて。
東ローマ帝国は聞いたことがあるかな?
梓
ローマ帝国は聞いたことありますが……。

東ローマ帝国、はて。

東西に分かれたんですか。

そう、あのローマ帝国が東西に分裂した後も、様々な変遷を遂げながら千年間命脈を保ち続けた帝国

それが東ローマ帝国、すなわちビザンツ帝国なんだ。

 

今回は手始めに、ローマ帝国から東ローマ帝国までの流れについて見ていこう。

梓

 

ローマ帝国と皇帝の呼び名

まずは、ローマ帝国に関する基本的な知識から。

紀元前1世紀、イタリア半島の都市国家だったローマが、やがて地中海一帯を支配するようになる。

ローマの拡大に一役買ったのが、ユリウス・カエサルだ。
英語読みだと、ジュリアス・シーザーだね。

梓

 

 

 

 

ニコラ・クストゥ『ユリウス・カエサル』

(ルーヴル美術館、パリ)

 

その後、紀元前27年、ローマの指導者であったアウグストゥスがローマの全権を名実ともに握ったことから、
アウグストゥスが初代皇帝と呼ばれることになり、
ローマ帝国がはじまった、とされる。

話が逸れるけど、英語のカレンダーだと、”ユリウス(Julius”・カエサルに由来して7月はJuly

”アウグストゥス(Augustus)”に由来して8月はAugustと、それぞれにちなんだ名前で呼ばれる。

それぐらい影響力があったということ。

梓

『アウグストゥス』

(ヴァチカン美術館、ヴァチカン)

 

ここで、皇帝の呼び名に関する話を少し。

ちなみに、「帝国とは」というのは、別の記事でもまとてているね。

この記事でも、「皇帝」という呼び名について見ているけど、今回の記事でも少し寄り道してみよう。

ローマ帝国の「皇帝」という名乗りには、いくつかパターンがあるんだ。

梓
  • 「アウグストゥス」

本来は、「尊厳者」という称号に過ぎなかったが、後に皇帝を意味する用語となった、

 

  • 「カエサル」

アウグストゥスがカエサルの養子として同じ「ユリウス・カエサル」を名乗ったため、

歴代の皇帝たちにもこの亀井が用いられた。

 

  • 「インペラトール」

軍隊の最高司令官に与えられた称号であり、ユリウス・カエサルにも送られている。

結果としてローマ皇帝は戦場で軍隊を率いる男性というのが暗黙の了解事項となった。

 

以上のように、ローマ帝国にはアウグストゥス、カエサル、インペラトールの3つの皇帝を意味する用語が存在し、これらが同時に使用されるケースもめずらしくなかった

 

「中谷功治(2020).ビザンツ帝国-千年の興亡と皇帝たち 中公新書.」を参照

 

コンスタンティノープル建設と東西分裂

330年:コンスタンティノープル建設

なんだか、威勢がいい感じねえ、おらおら~

ローマ帝国、ノリノリまぼよ~

さて、ここから話を350年ほど進めまして……
梓
はて!
しょうがないんだよ、カエサルやらアウグストゥスやら五賢帝やらの話をしていると、いつまで経っても終わらないから……。
梓

Wikipedia「コンスタンティヌス1世」(2022年10月10日確認)

 

上の図は、時の皇帝コンスタンティヌス1世が築いたローマ帝国の版図。

彼が崩御したときのローマ帝国の勢力範囲だ。

梓
すごい広さマボねえ。

ジュリオ・ロマーノ『ミルウィウス橋の戦い』

(ヴァチカン宮殿 コンスタンティヌスの間、ヴァチカン)

複数の皇帝が分割統治(テトラルキア)をするローマ帝国内にあって、

312年のミルウィウス橋の戦いで他の皇帝に勝利を収めたコンスタンティヌス1世は、

分裂状態にあったローマ帝国の統一を進めていく。

 

コンスタンティヌス1世は、ビュザンティオンと呼ばれていた都市が交通の要衝であったことから、この地を改修し、自らの名前に由来してコンスタンティノープルと名付けた。

以後、この地はローマ帝国の中でも重要な地位を占めることになる。

下の図のちょうど赤丸のあたりがコンスタンティノープルだ。

梓
イタリア半島に比べると、随分と東にありますマボ

 

395年:東西分裂

さて、395年、突然ですが、ローマ帝国は東西に分裂します。
梓
はて、また! 心の準備が!
4世紀前半のコンスタンティヌス1世の治世の頃は、皇帝の力も強く、帝国内も統一されていたんだけど、段々と内乱が続いていく。

そして、4世紀末の395年、テオドシウス1世はその死に際して、国土を二分することを決める。

そして東側は、コンスタンティノープルが首都となったんだ。

梓
こういうわけで、東ローマ帝国が生まれた、というわけマボねえ。
ここまでは、東ローマ帝国、すなわちビザンツ帝国の興りについて見てきたね。

次回の記事では、その「ビザンツ帝国」の名前の由来や、帝国の千年を彩る数々の王朝を見ていこう。

梓

 

まとめ

  • カエサル、アウグストゥスにはじまるローマ帝国
  • 紀元前27年から350年後、コンスタンティヌス1世がコンスタンティノープルを建設
  • 395年に帝国が分裂し、東ローマ帝国、すなわちビザンツ帝国へ

 

参考資料

  • 中谷功治(2020).ビザンツ帝国-千年の興亡と皇帝たち 中公新書.