『牛肉の歴史』╿「ビーフ」と「カウ」/国際語「和牛」

こんにちは、はてはてマンボウです。

今回のテーマは……

 

今回は、「食」の図書館シリーズの『牛肉の歴史』を見ていくよ。
梓
お、このシリーズ、いろんな視点で食べものを語っていて、

 

おもしろいんですよね~~♪

楽しみマボ、はってはて♪

 

「ビーフ」の語源

さて、牛を英語で言うと何かな?
梓
そりゃあ、「ビーフ」まぼ。

機内食でも「フィッシュ オア ビーフ」って聞かれるマボよ。

でも、「カウ」ボーイって言うよね。あの「カウ」は……。
梓
はて、「カウ」も牛マボか。

はて~、いったいどうなってるマボか、ぼぼぼ……。

ここにはイングランドの歴史が大きく影響している。

 

11世紀のはイングランドは、フランスのノルマンディー地方を治めていたウィリアム1世に征服されるという事態に陥ったんだけど……。

梓

 

「ウィリアム1世」

(バイユー・タペストリー美術館、バイユー)

 

大ブリテン島の海岸地方を征服したウィリアム1世(征服王)が、この地の言語まで奪いとったのだ。

 

大征服の後にイングランドの支配権を握ったノルマン貴族は、

現地のアングロサクソン語を一切使おうとしなかった。

 

アングロサクソン語は、

貴族や上流の人々が使う言葉にはふさわしくないと考えられていたからだ。

 

牛肉を指す一般的な単語は「コウ」だったが、

ノルマン貴族はこれを使用せず、ノルマン=フランス語の「ボイフ boef」を用いた。

これはラテン語「ブブラ」から派生した単語であり、のちに現代フランス語「ブフ beef」となった。

 

アングロサクソン語「コウ」は、生きた牛を指す言葉として農民のあいだで使われ、さまざまな形で残っていた。

 

しかし、ノルマン=フランス語を話す人々(牛肉を日常的に食べる人々)が生きた牛に接することはめったになかったため、

牛肉を指すのにふさわしい言葉として「ボイフ」を定着させたのだ。

 

その結果、「コウ」と「ボイフ」の両方が大ブリテン島に根づき、

日常語のなかでも共存するようになった。

 

ローナ・ピアッティ=ファーネル、富永佐知子訳(2014)

『牛肉の歴史』(原書房)

 

農民と貴族で「牛」に関する言葉を使うタイミングが違ったわけマボねえ。
そう考えると、生きている牛を普段見ないで、食べるだけの我々は、昔の農民から見れば貴族みたいなものと言えるかもね。
梓

 

日本の牛肉

『「食」の図書館』シリーズにはときどき日本に関する描写も出てくるんだけど、

海外から見た日本がどのように見えているのかが伺えて興味深いよ

梓

 

誰もが知っているように、日本の牛肉は贅沢で特別な種類の肉だ。

世界中の人から好まれている日本の牛肉は価格も高く、世界屈指のレストランだけで提供される。

一流シェフたちがテレビ番組で神戸ビーフを絶賛するようすが目に浮かぶ

 

 

ローナ・ピアッティ=ファーネル、富永佐知子訳(2014)

『牛肉の歴史』(原書房)

 

なんと、「神戸ビーフ」が国際語だったとは……。

世界の皆様も、このおいしさを味わってくれ~むしゃむしゃ。

そして「和牛」もまた、国際語。

さらに、言語としてだけでなく、和牛そのものも海外に輸出されていったんだ。

梓

 

日本政府は神戸ビーフの品質を守るため、何十年ものあいだ生きた和牛の輸出を禁じてきた。

それにもかかわらず、1976年に4頭の和牛がアメリカに輸出された結果、

1993年にはカリフォルニアが世界最大の神戸ビーフ生産地となった。

 

アメリカの大学が研究用に4頭の種雄牛を入手し、

それが流出してオーストラリアとニュージーランドにも和牛が導入された。

 

 

ローナ・ピアッティ=ファーネル、富永佐知子訳(2014)

『牛肉の歴史』(原書房)

は、はて……。

こうやって経緯も明らかになっているのに、海外の方が生産数が多くなっているって、なんだか複雑な気分になるマボねえ。

絵画の中の牛肉

最後は、西洋絵画の中に描かれた牛肉について、作中で紹介されていたエピソードを見ていこう。
梓

 

放蕩息子のたとえ話

フィリップ・ガレ『肥えた牛の屠殺ー放蕩息子のたとえ話』

(ルーヴル美術館、パリ)

 

「放蕩息子のたとえ」は、キリスト教の有名なたとえ話。

放蕩息子を「神に背を向けた罪人」

これを許す父親を「神」「キリスト」を、

それぞれ表しているといわれる。

 

父親は息子を、肥えた牛の料理で迎えるんだけど、本の中では、

「屠殺された牛は祝福と富の象徴で、帰ってきた息子を受け入れた父親の幸福感を表現する」

と言及されている。

梓

 

メメント・モリ

レンブラント・ファン・レイン『屠殺された牛』

(ルーヴル美術館、パリ)

 

屠殺された牛は、

先ほどのように喜びや幸福を表す一方、

絵に描かれているとおり、死そのものも連想させる

すなわち……。

梓
「メメント・モリ」まぼね!

このブログでも何度も出てくるから、ぴんっと来たマボよ~。

 

絵の主題は、狭く薄暗い部屋に吊るされた牛そのものだ。

牛は頭を落とされ、皮をはがれ、内臓と蹄もすでに取り除かれている。

 

この絵のなかでは人間の活動は何も行われておらず、

牛肉がその名残をとどめているだけだ。

 

牛肉は、過去のいずれかの時点において、明らかに牛がこの部屋で殺されたという事実を示している

不気味な絵としか言いようがない。

雰囲気は陰鬱で、どこから光がさしているかもわからない。

がらんとした部屋には牛肉しか描かれておらず、

とりたてて他の要素もないため、いっそう謎めいている。

 

「メメント・モリ」

すなわち「人間がいずれかならず死ぬことを忘れるな」という主題が、

この作品のなかに避けがたく存在している。

 

 

ローナ・ピアッティ=ファーネル、富永佐知子訳(2014)

『牛肉の歴史』(原書房)

 

「牛肉」1つとっても、

「牛」と「牛肉」の違いから始まり、

その言葉の背負っている歴史

和牛の歴史

そして果てには「メメント・モリ」と、

なかなかバリエーションを見せるマボねえ。

奥が深いテーマでした。

 

まとめ

  • フランスにイングランドが征服された経緯から、貴族の食べる「ビーフ」と農民が見る「カウ」の2つの言葉が生まれた。
  • 和牛は日本生まれながら、国際語となり、いまでは海外の生産高が上回るまでになっている。
  • 牛は、「放蕩息子のたとえ」や「メメント・モリ」など、キリスト教や西洋絵画のテーマとしても現れる。

 

「食」の図書館シリーズ

「食」の図書館シリーズの記事はこちらをチェックまぼ!

 

参考資料

  • ローナ・ピアッティ=ファーネル、富永佐知子訳(2014)『牛肉の歴史』(原書房)
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